95’ソウル研修旅行

 私は山行を中心に日本の多くの地域を旅行しているが、この当時、外国旅行には消極的であった。その理由の一つは、まだ日本についての見識がまだまだだと思っていたからだ。日本とは、日本人とは何か、その文化やアイデンティティーとはどんなものなのか等々、まだ自分には日本について学ぶべき事が多かったからである。もう一つの理由は、訪れる国への礼儀である。文化や言語をほとんど知らないという状況で、金持ちの日本人が無礼で無粋な旅行をすべきではない思っていたのである。
 ところが、1995年、松山から初の国際線(松山−ソウル)が就航することになったのである。ということで、仲間の研修旅行が計画されてしまうこととなった。個人的な理由で研修旅行に行かないのでは...と悩んだあげく、あまり深く考えないで、隣国を知る旅の練習(修学旅行みたいなもの)と割り切って、参加することにした。

  ○ いざソウルへ ・出国〜景福宮〜ソウルの街歩き

  ○ ソウル近郊へ ・ロッテワールド〜韓国民族村〜南山タワー

  ○ 市場から帰国 ・南大門の夜〜帰国


 このソウル研修旅行は、1988年のソウルオリンピックからの韓国の高度成長バブル時代に陰りが見え始めた1995年夏であった。日韓の国交が見直され、「近くて遠い国」であった韓国は、私たちが常につきあっていかねばならない隣国になろうとしていた。そういう意味では、客観的にウリナラの未来を考える初めての旅となった。この紀行文では、一応、旅行の流れをページにしているが、メモも写真もほとんど取っていない旅だったので、十年後の今、紀行文を書くとすれば、かなり印象に残っている部分だけになった。また、記憶も不正確であるかも知れないので、その点はご了承願いたい。。
 さて、韓国はこの訪問後、数年で経済的に破綻し、1997年からのIMF介入の屈辱を迎えることになった。そして、それを乗り越え、奇跡のV字成長を達成することになる。そういう意味でもおもしろい時代の韓国旅行だったとも言える。