珍富の街

 珍富は、バスターミナルを中心に東西に走る道路沿いにせいぜい1kmほどの小さな街である。どちらかというと、東の方が繁華街のようなので、道路沿いに200mほど東へ歩いて今日の宿を探す。でも、ピンとくる宿はなかった。結局、バスターミナルの正面のホテルに泊まることにする。このホテルは、この街には他にはないハイカラな建物と一階に専用のレストランを持っていて、この街では一等のホテルのように思える。おそらくこの街に出張できた人は、ここに泊まるのだろう。で、フロントで、「パンイッソヨ?」と尋ねると、小ぎれいなおばさんが、対応してくれた。今までと比べちょっとリッチなすました(あか抜けたいわゆるホテルの)雰囲気である。3万w(だったと思う?)を支払い、もらったキーの部屋に向かった。ホテル内も小ぎれいで今までと比べれば印象はいい。
 部屋に入る。中もなかなか小ぎれいだ...と、ちょっと待てよ。机の上に小銭が転がっている。さらにベットの横のデスクには錠剤が転がっている。どうもおかしいぞ。さらに浴室に入ってみると、何と下着や靴下が干してあるではないか。これは部屋を間違えたな、と言うわけで、フロントに電話をかけた。この韓国の旅で唯一の電話である。「ディスルーム ソックス、ピル、コインイッソヨ。」てな具合で、英語と韓国語でこの状況を説明しようと努力した。相手も一度は他の人に代わったがどうにも意味が伝わらない。「カヨ!」と電話での応答に業を煮やした私は、強い口調で言い放ち、干してあったソックスをもって部屋を飛び出した。エレベーターの前まで来ると、従業員らしき二人の男が登ってきたので、「ホテルマンイエヨ?」と尋ねると、相手は申し訳ないぐらい恐縮してうなづいた。さっそく部屋に案内して小銭と錠剤、洗濯物を見せたら、状況がすぐに分かり、フロントに連絡してくれた。もちろんこの部屋には滞在者がいたのである。すぐに別の部屋に通され、ホッとする。しばらくして荷物を置いて街探検に出発する。
 まず、バスターミナルに行き、五台山方面のバスの時刻をメモした。月精寺への始発は6時20分で、所要時間は20分。次が7:40。さらに奥の五台山登山口の上院寺への始発が次で8時30分、所要は40分くらい。9:40:10:50,11:50,12:50,14:10,15:30,16:40と上院寺行きが続き、18:30,19:40の月精寺行きで終わりである。月精寺から上院寺までは10kmあるから6:20で行こうが8:30で行こうが、登山口に立てるのは午前9時前後ということになる。登山としてはちょっと遅い。
 次に街を東に行き、街はずれまで行った。確かに食堂はあるがどうもなじめない門構えばかりである。ここも楊口と同様に古い家は全くない。とりあえず建てた感じの家の作りである。引き返す頃にはそろそろ日も落ちてきた。歩道に机と椅子を出して多くの人が語り合っている。日本でも昔、縁側で、語りあう風景が見られたが、まさにそんな感じである。パチンコ屋はもちろん、娯楽場もネオン街もない韓国の田舎町。これぞ、本来の人の生活なのではないだろうか。松茸専門の卸もあった。おそらく多くは日本へ行くのだろう。
 スーパーで買い物をする。明日の五台山を考えて、桃やリンゴ、オレンジジュース、ビスケットを書き込んだ。また、今晩の酒も...。さて、今日の夕食である。どうもピンとくるところはない。街の西も行ってみたが、入りやすそうな庶民臭い食堂はなかなかない。でもなかなかしゃれた店はいくつかあるようだ。
 そしてやっと見つけたこざっぱりとした食堂に入った。メニューも全く分からないが、タンという語尾の文字を手がかりに9千wのトガニ(牛の膝頭の)タンを注文した。ご飯に、ミッパンチャンは、ペチュキムチとカクトゥギ、キュウリのナムルで、軟骨が餅のようになるくらいまでに煮込んだタンである。中に甘い木の実も入っている。メクチュは2度頼んだが、はっきり答えず出してこない。どうもアルコールは出さない食堂らしいが、ないならない出さないなら出さないとはっきり表現してもらいたいものだ。愛想笑いをして結局出さないのは不快である。ビールがない分、水がほしいので、この旅行ではじめて「ムルジョンジュセヨ」のフレーズを使うことができた。
 店を出ると、どうしてもアルコールの不足分を補いたい。ショットバーはもちろんないから、ビールでも飲みたいところだが、なかなか一人で入りやすそうな店はない。仕方ないので、ビールとソジュを買って帰る。フロントで明日の朝7時頃に、タクシーを頼めないか交渉してみた。本当はもっと早く頼みたいのだが、明日は天気によっては計画変更もあるので...。ホテルのフロントは、タクシー会社に電話したが、2万wかかるという。本当に頼むのかというので、お願いするというと、再びイーマノンかかるのにいいのかと確認してきた。韓国ではタクシーで多額な料金を払って登山口に行くことなど考えも着かないのだろう。1時間半待てばバスがあるのだから..。日本では登山口まで1万円以上を使ってタクシーで行ったり、迎えに来てもらったりすることは珍しいことではない。忙しい日本人にはアプローチの時間を金で買うという概念がある。昨日から今日は体力の使いっぱなしだ。ということでいつのまにかぐっすりと眠りにつく。

   2002' 8/26