名取地区

 伊達政宗の長男秀宗は、宇和島藩十万石を与えられた。伊達家全体としては領地を加増されたことになるが、本来家督を継ぐ彼にとっては、かなり不満だったようである。秀宗が瀬戸内海を渡り、宇和島に赴くときに、仙台伊達藩から多くの人を連れてきた。名取は、当時の仙台藩名取郡(現在の名取市、仙台市の一部)からきた人を移住させた集落である。農業には不向きな急傾斜であるにもかかわらず、この地に住まわしたのは、宇和海の見張りと軍馬などの育成に適した場所であったかもしれない。実際この地に立ってみると、八幡浜から半島の宇和海側のほとんど、遠くや宇和島周辺の海から日振島まで見渡すことができる絶景の地であることがわかる。だからこの地は、三崎町でも独自の言葉や文化を持っている。さらに緑泥変岩に石灰岩質の層が混じるなど、地質的にもおもしろい地区なので、さまざまな人から注目されている集落である。

参考資料: 名取地域の昔話  うらごえ道(H13二名津中学校)