あこう樹

 アコウは、クワ科イチジク属の亜熱帯生常緑高木で、気根と呼ばれる根を枝からのばし、地面に到達するとそこを中心として幹を広げていくという生育の仕方をとるので独特の幹をしています。その形がタコの足が巻き付いたようにも見えるので、「タコの木」とも呼ばれることもあります。
 このアコウは佐田岬半島の各地に自生しています。それらの中でも三崎西地区の4本のアコウは推定樹齢六百年の巨大な樹木で、互いに連携して繁殖しています。それで大正十年に日本の北限のアコウとして国の天然記念物に指定されました。指定当時は七本あったアコウの巨木も今は@〜Cの四本となりましたが、三崎ではこの4本のアコウの巨木を親しみを込めて「あこう樹」と呼んでいます。
 無花果(イチジク)の仲間はその名が語るように一般の花のような花弁を持たず実のように見える丸い花で独特な増え方をしています。この仲間にはいわゆるイチジクとイヌビワ(この地域ではタブと呼ばれ昔から子どものおやつとして親しまれている)があります。イチジクは自家受粉できますが、この仲間は実のような花の中にいるその種に特有のコバチと共生していて、そのコバチが受粉の作業を受け持っています。アコウもアコウコバチという小さな蜂と共生しています。右の写真は、Cの赤坂のあこう樹の熟した実を切ってみたものですが、やはり小さなアコウコバチがいました。このコバチがいることが種子を作る条件になります。
 アコウコバチはなかなか面白い生態をしています。まず外を自由に飛んでいるアコウコバチは全て雌で、雄は羽根すら持たない体で花(実)の中で一生を終えるのです。他の花から花粉を体につけて飛んできた雌は花の中に入るとそこでアコウの受粉を行いながら産卵をして息絶えます。生まれた幼虫は熟していく実を食べて育ち実の中で雄と雌が交尾します。そして雄は羽根の生えた雌が出て行きやすいように実の出口を広げる作業も受け持ちます。やがてその穴を使って雌は実の中の花粉をお土産に外の世界に飛び立っていくわけです。アコウはコバチに産卵場所と食物を提供し、コバチはアコウの花粉を運搬して受粉を受け持つという唯一無二の1種対1種の見事な共生関係が成り立っているのです。
 私はコバチのように雄と雌が互いに違う生き方をする動物がほとんどであることを最近は強く意識するようになりました。そしてそもそも性差のあるものを同じ価値観で判断することは自然の摂理に反するのではないかと思うようになりました。それを人間に当てはめると、どうも管理職の割合など男の基準の生き方が最善というセム語系一神教に基づいた西欧の人間観に基づいて男女の生き方や権利を論じる先進国が多く、その結果出生率の低下と家族関係が崩れているように思えるのです。いわゆる未開の地で平和に生きている種族の男女はしっかり互いに違った生活分担をしており、それによって健全な繁殖がなされています。人間が種として本当にあるべき姿に回帰すべきなのかも知れません。

 さて、アコウとコバチの共生ですが、私は最近三崎のあこう樹にはもう一つの共生関係があることに最近気づきました。
 アコウとコバチの生育環境は熱帯が基準なので季節はありません。コバチは卵で冬を越すというような温帯のスキルをもっていない ので、年中自分が潜り込むことができる状態のアコウの花があることが重要な生存条件なのです。特に冬場に雌が行き場のない状態で 寒気にさらされているとコバチは生きていくことができません。ところが三崎のあこう樹にはそんな心配はないのです。
 三崎のあこう樹を観察しているとその木によって開花や結実に周期があることが分かります。アコウの葉は互生で10〜15cmのやや細長い楕円形をしており、なめらかではありますがつやはあまりありません。年に数回、新芽を出す前に短期間落葉しますが、亜熱帯種のアコウはその周期は季節要因でないようです。@〜Bの並んだあこう樹をよく見ると写真のように一本は結実して落葉している状態ですし、他方は花は蕾状態で、葉も青々としています。私はアコウの複数の種があり開花時期がずれているのだろうと思っていました。でもどう見ても同じ種なので不思議だなぁと思っていました。日本の四季のリズムで生育する草木に慣らされているので奇異に見えますが、そもそもアコウは個体で固有の生育リズムを持っていたのです。そしてそのリズムがうまくずれたアコウが数本あることで、年中コバチが潜り込むことができる花が存在することになります。このようなアコウのネットワークとコバチの共生関係がコバチとアコウの間にはあったわけなのです。もし、アコウが1本だけならたとえ立派な大木であろうとコバチは生きていけずアコウも繁殖できないのかもしれません。

 次はアコウが「しめ殺しの木」ともいわれるゆえんとなっている不気味な生長の話です。
 植物が発芽して大きく生長するためには適度な水分と土の中のミネラル、そして日光が必要です。より高くそれでいて水分も土もあるといった矛盾する条件をクリアするために植物はそれぞれ工夫して生きています。特にアコウが生息する熱帯では生存競争が厳しく、暗い地面に落ちた種はほとんど生きていく希望はありません。
 アコウの種は主に鳥によって運ばれます。もちろん日当たりのよい土壌に落ちるのがいいのでしょうがそんな場所は恐ろしく成長の早い草花ですぐに埋め尽くされてしまいます。アコウの種のまわりには消化しにくい粘液があってものに接着しやすいようです。どうもアコウにとっては乾燥しない適度な高さの樹木の枝の上に糞と共に落とされるパターンが理想のようです。三崎地区は前述のように大きなあこう樹があって受粉した種をいろいろな地へ運んでくれるので、いたるところでアコウの幼木が育っています。右の写真のように海岸の崖などの岩にへばりつくアコウも多く見られます。この前之浜の他にも灘にも見事なタコの木状態のアコウがあります。この場合は台風などの高波で潮をかぶったり水分の欠乏、ある程度の大きさになってもまともな土壌に根が到達できなければそれ以上の生長は望めないでしょう。三崎の@〜Cのあこう樹は、今は道の拡張や崩落防止のためにコンクリートで固めていますが当時の海岸線に連なっていた石垣に付着して生長したもののようです。

 樹表に付着したアコウの種は運良く適度な水分があるとやがて発芽し枝葉を茂らせます。それと同時に気根をあるものは幹に沿ってあるものはまっすぐ下の空中に伸ばしてゆっくりと地面を目指します。アコウは宿り木のように寄生して宿木の水分や養分を横取りしたりはできませんので、この時期のアコウは軟弱です。雨のない期間が続き乾燥状態に長くさらされると生きていけませんし。ミネラル不足で成長速度も遅いのです。高神様の2本のエノキにはこの時期のアコウがそれぞれ着いていますが、地面まではかなり遠いため天寿を全うできるかは疑問が残ります。傳宗寺の有名な楠の大木にもアコウが育っていて気根はもうすぐ地面に到達しそうな気配です。何十年か先この天然記念樹がアコウに被われた状態の滅び行く楠として扱われるのか、アコウをはぎ取って楠としての天寿を全うさせるかを、お寺と檀家が思案して決める日がやってくることでしょう。
 アコウの気根が地面に到達し土壌のミネラルと水分の補給ができるようになると、一気に生長スピードが上がりアコウはモンスターとしての姿を見せるようになります。やがて気根は宿木を取り囲むように編み目のように絡みついていきながら成長して行きます。見た目にはゴムが張り付いたように見えますが、アコウの幹は結構堅く幹全体を被われて締め付けられるようになったら樹木の成長は止まり枯れていくことになります。傳宗寺の墓地にあるエノキの大木は現在根元付近を完全にアコウが覆い尽くし絞め殺し状態に入っています。甘い実をつけ昆虫もたくさんいて小鳥に人気の木であるエノキは、アコウの実を胃袋に収めた鳥たちの終結場所となります。そして爆弾のように枝上の小鳥たちからアコウの種を含んだ糞をまき散らかされる運命になるのです。気の毒とは思えますが、自分の種も鳥たちが運んでくれるわけですから仕方ないといわざるを得ません。

 三崎が北限とされほとんど本州では見られないアコウですが、西南諸島や南方の暖かい国に行けばどこにでも生えている一般的な樹木です。でも岩や石垣など他の樹木が生育できない場所でも粘り強く生きている姿は、どの国でも評価されているようです。強い生命力を象徴する神の宿る木としての信仰を集めているのです。熱帯のどの国でも街中で立派に育つアコウやその仲間のカジュマルの木には祠が設置されていることが多いことからもこのことが分かります。右の上の写真はベトナムの中央部にあるダナンという大都市の街路樹になっているもので、一本一本にその前の家のやり方で色とりどりの祠を奉っていました。下の写真はタイのアユタヤの遺跡の中で、名所になっている仏を抱くカジュマルです。カンボジアのアンコールワットのように長く放置されていた遺跡や建物のほとんどにはこのようなアコウの仲間が絡みついていることが多く、取り除くか現状を維持するのか議論のもとになっています。


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