古代生物トリオップス物語


トリオップスとは?

 2億年前古生代ペルム紀から、地球に生息する節足動物です。今でもその姿は、ほとんど昔のままで進化しておらず、2cmくらいにまで成長します。餌を与えると、ラッコのように仰向けになり、足を動かし口へ運びます。
 名前の由来は、ギリシャ語でトリオップスとは、3っつの目という意味で、大きくなったトリオップスの目の下には、もうひとつ目のようなものが見えるからだそうです。

(二中トリオップス物語)

 まずは、このトリオップスがこの学校に来たときのことをお話ししよう。
それは1998年10月のことだった。二中のALTであるリチャード先生(ドと発音してはいけないらしい。)が、理科・情報教育担当の山根先生にEメールの操作を教わったことが、すべての始まりだったのだ。Eメールの操作を教わったリチャードは、感謝の気持ちを込め、山根先生にある贈り物をした。そう、何を隠そうそれがあのトリオップス君だったのだ。右上の絵はそのパッケージのものです。彼らは、2ヶ月後に待ち受けている自分たちの悲しい運命など知るはずもなく、箱の中で静かに眠りつづけていた・・・・・・

 そして、運命の幕開けとなる、12月3日がやってきた。一人の女がその箱を開いたのである。
プライバシー保護のため、あえて名前は出さないが、どうしても知りたいという人のため、イニシャルだけは教えておこう。彼女の名はA.だ。その年の選択理科の課題に本校の生物についての一人一研究が出され、8人の生徒が何にしようかと相談していた。で、彼女はトリオップスに興味を持ってしまった。「古代生物っておもしろそうやん。えっだれもやらんが?ラッキーじゃあ私やろー。」と、本っ当に軽いノリで、トリオップスの命を預かった。そもそも彼女がこの役をかってでたことが、これから起こる、様々な事件の原因だった、と、選択理科のメンバーたちは語る。これから先のトリオップスの運命は、日記形式でみていただくことにしよう。さあ、とくとご覧あれ・・・・・


12月4日

    Aはトリオップスの卵を水に入れる。ここまでは順調。

12月5日

 卵がかえる。  が、Aはここで重大な過ちに気づく。卵の素は、半分しか入れてはいけなかったのだ。「どうりで生まれる数が少ないと思った。まいっか。」Aは思った。なんていい加減な人でしょう。このO型独特のめんどくさい精神が、この後の事件を呼ぶなんて、知るはずもなかったろうに・・・。
 ま、とりあえず生まれてきたのはたったの三匹。その三匹に付けられた名前は、
   いちばん大きい奴・・・DAN(康貴君)
   二番目に大きい奴・・・KINJI(欣司君)
   一番小さい奴・・・・・T・M・R(西川君)だった。
 どうやら相当の面食いで、浅倉大介好きらしい。めでたく名前の決まった三匹はあっという間に学校中の注目の的となった。二中ライフ順調なスタートである。

12月6日

 Aは以外にもきちんと餌をやりにきた。O型なのに???
 三匹はここで大き過ちを犯してしてしまった。康貴「この人いい人かも・・・」。欣司「僕たちのこと5センチ位には育ててくれるかな?」。西川「僕だけ餌少なくない?」。そう、Aのことをいい人だと錯覚してしまったのだ。あーあどうなっても知らないぞ。

12月7日

 Aは、昨日と同じように餌をやりにきた。ここで三匹の愛され度チェックをしてみよう。
   康貴君・・・理科室に入ったら、まず最初に僕の名前をよんでくれます。
          やたら気にかけてくれるし 、かなり愛されてると思います。
   欣司君・・・康貴ほどは名前を呼んでくれないけど、いろいろ気にかけてくれますよ。
          餌も満足するくらいくれるし。
          それなりに愛されてるんじゃないんでしょうか。
   西川君・・・体小さいからって、餌少なくするのやめて下さい・・・。
          どうやらAは、愛し方にムラがあるようだ。

 12月8日、9日、10日と、トリオップスは順調に育っていった。そして12月11日、第一の事件が起こった。

12月11日

 午後の授業も終わりに近づく頃だった。Aは山根先生に呼び止められた。「Aさん、西川君が死んでるよ。」
Aは驚いて理科室へ駆け込んだ。だがもうすでに時遅し、そこには冷たくなった(変温動物なので実際にはかわらない)西川君が・・・
 Aは思った。「きっと愛が足りなかったのね。」・・・
原因はただの餌不足である。こうして一つの命を奪った重みを抱え、Aは次の授業へ向かった。

同日放課後

 Aは友人を連れ、理科室にやってきた。休日も二匹の世話をするため自宅に持って帰ろうというのである。少し寂しくなった水槽を見つめていたAは、水が汚れていることに気づいた。これでは二匹がかわいそうだと思ったAは、水を入れ替えることにした。
 水も入れ替え、康貴君を入れようとしたその時だった。
「ぐちゅっ」・・・おわかりですね?つぶしてしまったのです。一番愛しているはずの康貴君を、自分自身の手でっ!!!
友人からもせめられ、流石のAさんもこたえたようでした。「一日で二匹もの命を奪ってしまったなんて・・・」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ しかし、
「・・・まいっか。」立ち直りは早かった。流石・・・。
それはトリオップス誕生から、7日目のことだった。

同日夜半頃

 Aの家に来るのは初めての欣司君。西川君、康貴君が死んだことを、知っているのかいないのか、興奮さめやらぬ状況。絶え間なく水槽の周りを走り続けていた。その速さなんと一分間に水槽三周!落ち着きのなさは、人間の欣司そっくりである。最後の一匹なので、気を張って世話をしてもらい、欣司君かなり満足のご様子。よかったよかった。
               そして2日後 ・ ・ ・ 

12月13日

 低血圧のAは、朝9時頃に目が覚めた。欣司君の様子を見に、階下へと行ったAは、恐ろしい光景を目にした。欣司君が死んでいるではありませんか!!
 その日は、大寒波が日本列島を襲った日、つまり超寒ーーーーい日だったのだ。冷たい水の中に放り出され、凍死した欣司君。その姿は、「ひとりタ?タニック」という言葉で例えるのが一番適しているだろう。欣司をジャックとするなら、ローズもいない、助けに来る船もない、太った親切なおばちゃんも強欲なローズの婚約者もいない、ひとりぼっちのタ?タニック。後は凍えて死んでいく。

 結局一番寂しい死に方をしたのは欣司君だったということだ。暖房をつけ忘れて悪かったなと思いつつ、彼女が口にした言葉は、 ・ ・ ・ ・ 「アーメン」 ・ ・ ・ ・ ・ えへっ

12月14日

 Aはトリオップスが絶滅したことを選択理科のメンバーに伝えた。すると、クラスきっての天然(ボケ)BOY、あBちゃんが文句を言ってきた。「俺がやっておけばもっと長生きしたのに。」絶っっ対無理だって。

最後に ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

 Aのトリオップス飼育は、9日間という短いものでしたが、本当は短くても20日位は生きるそうです。これからトリオップスを育てる人へのアドバイスとしては、

  1.説明書をよく読もう。
  2.暖かい部屋で育てよう。
  3.美形の名前は付けないように。(美人薄命)

 私が助言出来るのはこれくらいです。が、がんばってくださいね。
 トリオップスに輝かしい未来がありますように。
           さいなら      Aより


このページは、くち(5221)が編集しました。 平成11年冬