広城台へ  

 6時47分起床。外は真っ暗なので、ゆっくり準備する。7時になると空も白みだした。
 江華島での予定を立てる。摩尼山には登るとして、その他にも、京城(ソウル)の玄関口であるために歴史的な日本とも関係がある観光ポイントが多い。とりあえず、以下の江華島八景と言われるビューポイントを基準に考えてみた。

<1>燕尾亭・・・漢江の河口近くにある講堂。北朝鮮方面の展望も良さそうでコースに入れたかったが...。
<2>積石寺・・・江華島北部の名刹。落照台の夕日は、ぜひとも見たいのでコースに入れる。
<3>普門寺・・・席毛島にある磨崖仏で有名な寺。江華島を展望するには絶好の位置。
          ドラマでも連絡船だけだったが、半日以上費やして行くほどではないのでパス。
<4>伝燈寺・・・江華島では最も有名な江華島南部の名刹。裸婦像はぜひとも見たいからコースに入れる。
<5>広城堡・・・フランスやアメリカ軍と交戦した要塞。最大の要塞である徳津鎮と草芝鎮とセットでコースに入れる。
<6>草芝鎮・・・江華島事件の舞台であり、必ず行く必要がある。
<7>甲串敦臺・・・漢江の入口近くの要地で、蒙古との激戦地としても知られる。が、コースと離れているのでパス。
<8>摩尼山・・・韓国人の心のふるさと、神話の山である。この山があるから江華島に来たのである。
          縦走して、ふもとの浄水寺も行程にあるので寄っていく。

 その他、韓国では有名な「支石墓」というのもあるが、一般的なドルメンがあるだけなのでパス。できれば北部の山から北朝鮮も展望したいものだが、軍事施設保護地域であるからか、情報がない。結局、東部要塞から南部の寺をまわり、積石寺の落照台で夕日を拝み、明日摩尼山登頂という計画を頭に描いて出発することにする。江華の城壁を見て回るのもいいが、ポイントが散らばっていて時間がかかりそうなので、オプションの予定とする。

 8時20分頃出発。旅館の前の通りには人一人いない。バスターミナルは遠いし、とにかく情報がないので時間がかかるから、とりあえず出発はタクシーで行くことにする。城塀を島大通りに出るとすぐにタクシー乗り場が目についた。地図を見せながら「広城台」を指示する。
 江華市街を出ると、すぐに田園風景となる。用水路になっている川は完全に凍てつき、畦は白く霜が光っている。子どもの頃によく見た風景のようで懐かしい。雲一つない快晴で、しっかり放熱したのだろう。ほおに当たる風も痛いくらい冷たい。やはり冬の朝は、身が引き締まるような寒気がいい。しかし、途中の海岸線を見ると、鉄条網が連なり、軍事的に重要な地帯だということを思い出させてくれる。
 タクシーは、がんがん飛ばして8時36分広城台の広い駐車場に着く。大きな城門を背にして、バス停、きれいなトイレや案内板とチケット売り場がある。タクシー代11400wを支払う。1100Wの入場券を買い、案内板でこの要塞の地図を把握して、他に観光客のいない広城台を見て回ることにする。

 ここは、左写真のように半島状に飛び出た地形をしている。このために要塞となったのであろう。まず、左手の城壁に囲まれた砲台に向かう。右の写真のように大小の古典的な大砲が広場の真ん中にぽつんと設置されている。ここから一端城門の前に出て、半島の先端の方に歩いていく。落葉広葉樹の雑木林と朝鮮五葉松のよく整備された遊歩道は快適である。刺すような寒さに手袋と耳当ても出し、昨日の残りの焼酎をラッパ飲みしながら歩く。途中に墓や慰霊碑がいくつかある。しかし、誰一人、人はいなくて売店も閉まっており、静寂そのものである。ただし、気温はかなり低いらしく、はく息は真っ白である。  そのまま、半島の最も突き出たところにある砲台に行く。ここはまさに360度の展望である。対岸の丘には鉄条網が連なっている。この水道には波はほとんどないが、潮は南に流れている。といっても水は泥水のように汚れている。ここには写真のように小さな大砲が置いてあるが、実際その程度の火砲しか設置できない広さである。高度も低く、隠れるところもないこの砲台は、逆に攻撃されると、かなり無防備な状態になるだろう。
 無人の売店の上の高台には丸い石垣が見えているので、そちらにも行ってみた。きれいな円形の石垣で囲まれたこの施設は武器庫であったらしい。中はただの広場であった。そこから尾根沿いに歩いてもどる。道沿いの並木の根はむき出しになっている。
 向こうの方に典型的な田舎の朝鮮家屋があって、そっちの方が気になる。右写真のような田舎風のシクタンも見える。朝食をとりたいが近寄ってみると、どうも営業していないようだった。チケット売り場に戻り、この辺の日本語のパンフレットはないかと尋ねたがどうもないようなので、ハングルのパンフレットをもらった。
 広い駐車場のすみで、日なたぼっこをしながらここまでの行程のメモを取り、これからどうするか考える。すると、突然に軽トラックが目の前に止まった。そしてパンフレットを黙って差し出すのである。見ると中国語のパンフレットである。ハングルよりは少しはわかるだろうとの配慮であろう。カササギが元気に鳴いている。このあたりは田んぼばかりの殺風景なところだが、ちょっと行ったところにお城のようなモーテルが一軒だけある。
 観光客さえまだ来ない状態で、バスもこない雰囲気だし、タクシーもくる気配すらない。仕方ないので10時5分、歩いて徳津鎮を目指して出発した。


   2003 12/27