明神地区

 内海ではあるが冬の西瀬戸内は、関門海峡を抜けてくる北西の強い季節風が吹き荒れる。その一番近い避難港となるのが二名津湾である。この半島の瀬戸内側は東沿岸に集落が形成されることが多く、二名津湾では最奥の二間津と明神の集落が形成された。明神の集落は写真のように南北に別れ、北部を泊、南部を岡(本明神)という。その中ほどに広く信仰を集める薬師堂と共同墓地がある。

明神には佐田岬漁協の事務所もあり、アワビ養殖や真珠のいかだ等、漁業関係の施設が多い。 泊にある客神社は三崎地区唯一の三島神社系の神社であり、昔の祭りでは牛鬼の練りを行っていたそうである。子どもが行う亥の子行事もあったそうだが今は途絶えている。今は秋祭りに二名津の唐獅子が出張するようになっている。現在残る地域行事である明神の盆踊りは、古来の素朴な形態が色濃く残っており、写真のように遠目には海に浮かんでいるように見える。  中村海岸がこの地域の海水浴場となっているが、その北の坊の下は遠浅で潮干狩りも楽しめる。明神川の上流の高台にはよい水源があり、旧三崎地区ではじめての簡易水道が設置されたそうである。平成十年には大規模な土石流災害があり、その現場である中の川は徹底した防災工事を行った。 明神のお薬師様  明神のほぼ中心に大きな銀杏の木に囲まれた立派なお薬師堂があります。医療面で恵まれない地方では病気を治癒してくれる薬師如来への信仰は厚く、旧三崎町内では特にこの明神のお薬師様が有名です。堂内にも病気治癒のお礼寄進の品々があふれその信心の厚さがよく分かります。その中には現在の高校生が小学生のときに寄進したこのお堂にまつわる昔話の絵馬も大切に張られています。  昔は1月8日の縁日に近隣の町や村からも人が集まりたいへんな賑わいだったそうですが、今ではその縁日もなくなり、数年前まで配布していた左写真のお札もお世話をする人がいなくなったようです。しかし、薬師堂は明神の信仰の厚い方々が日常的に清掃しており、板塀が懐かしい昔のせっちんをはじめ、落葉樹の多い庭はもちろん敷地内の生目様やいぼ神様ですらいつ行ってもきれいに整備されております。ばくち打ちに奪われた石仏の首も丁寧に直されており明神の方々の信心の深さには頭が下がります。  

 

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参考資料: 明神地域の昔話