平礒の昔のくらし

 昔は自給自足の生活をしていました。
 着る物も小さい間は着物で、六年生になってやっと初めて洋服が着れ、ゴムぞうりもはけました。
ゴムぞうりはよごしたらいけないと思って大切にはいていたそうです。
冬には、ぞうりやむしろをつくっていたそうです。
雨の日にはカッパがなかったから、みのを着て仕事にいったということです。
 子供のとき、みんなで海に行って元気な人は平磯から明神まで泳いだそうです。
日照りが続いた時には、地域の人が「みね」という山に登って、頂上に「雨をたまわれ龍王殿」と、かけ声をあわせて歌い、踊り、雨乞いをしたそうです。

 小さい頃は、平磯の子供達は、毎日、山道を通って二名津の学校に通っていました。
そのころの学校は木造でした。
今のようにまだ道路がきちんと整備されていなかったので、風の強い日、雨が降っている日は学校に行くのがとてもつらかったそうです。
家に帰ると、すぐ家の手伝いをしていました。
毎日の食事は、主に麦ご飯や芋であったそうです。
あまりおいしくなくて、毎日、同じようなものだったので、とても嫌だったということです。


  出典:二名津中学校「郷土の昔話」・・・平成4・6年度 編集:ひぐらし(5416),ぐっちー(5403)

  浅野義重(平礒65歳) 浅野末子(平礒62歳) 浅野吉三郎(平礒43歳)伝,