阿部という名字の由来

 これは、今から百三十年ほど前、江戸時代の末の話です。
二名津に、藤馬(とうま)というお金持ち(庄屋という説もある)が住んでいました。
住んでいた場所は、港の前です。今の堀本製材の倉庫があるところだそうです。

 ある日、宇和島の殿様が参勤交代の途中に嵐にあいました。
殿さまの船はやっとのことで、二名津の港に避難してきました。
殿様は港に船をつけて、しばらく休んでいこうと考えました。
しかし、船の綱を巻くための棒が嵐で吹き飛ばされて、船を止めることができません。
また、とも綱も何もありませんでした。これでは船を港に着けておくことはできません。
困った殿様はどうすることもできず、ただ湾の中で身動きがとれませんでした。
それを見た藤馬さんは、自分の家の立派な大黒柱に綱を巻いて殿様を助けてあげました。

 殿様はとても喜びました。そして、藤馬さんに言いました。
「お世話になったお礼に何でも望みのものを褒美にやろう。何がいいか。」
と尋ねました。
藤馬さんは、
「隣村の『明神』がほしい。」 と答えました。
ところが、殿様はこのくらいのことで明神の部落をやるのは惜しいと思い、知らん顔をして、
「みょうじがほしいのか。よし、じゃあ『名字』をあげよう。」
と言いました。(聞き間違えたという説もある)
それで、藤馬さんは「阿部」という名字と刀をもらったということです。
その刀は藤馬さんの親方に当たる人が大切に保管しているとのことです。


  出典:二名津中学校「郷土の昔話」・・・平成2・3年度    編集:みかん(5311)
 田村政(二名津71歳),山西明子(二名津48歳),浜西庄松(二名津89歳),谷川京子(明神39歳)伝