危険動物は男子の勲章    けんちゃん 5月

 夏が近づくと、虫たちが増えてくる。小学生高学年ともなると、虫好きの私たちは、安全な虫だけでなく、今まで恐れていた虫たちにも興味がわいてくる。特に最強の虫として知られるハチの仲間には、興味をそそられる訳があった。長野県あたりでは、ハチの巣をとって、ハチの子(幼虫やさなぎ)を食べるのは普通のことだそうだ。私の住んでいた五十崎でも、ハチの子を捕って食べるという習慣があった。誰に教えられたのかは覚えていないが、その危険と隣り合わせのスリルと禁断の味への魅力に、私たちもついにあがなうことができなくなってしまった。
 ハチにもいろいろある。蜜を採るミツバチやでかいだけのクマバチなどは、うろや木などの中に巣を作るためか、ハチの巣捕りの対象外であった。私たちのターゲットは、もっぱらアシナガバチの巣であった。アシナガバチは、家の軒下や、木の枝などに普通に子どものげんこつ大の巣を作るポピュラーなハチである。スリムな体で、私の家にもいろんなところに巣を作っていた。思い出に残るのは、屋根の瓦の下に巣作りをしていたアシナガバチである。屋根を歩いていていきなり数匹のアシナガバチに襲われたのである。屋根の上なので全力で逃げるわけにも行かず、何カ所も刺されて痛い思いをしたのである。
 私たちのハチの巣の狩り場は、もっぱらお寺の横に広がる墓地であった。けんちゃんが言うのことには、普通の家の軒先のハチの巣をとったら、その近くを通る人が、怒ったハチの被害にあうということだ。だから普通は人気のない墓地を狩り場とするのである。その上、ほとんどの墓石の下には10cmほどの空間があって、いつ行ってもいくつかのハチの巣が発見できるということも、ハチの巣捕りの条件に合っていたのである。
 ハチの巣をよく観察すると、ハチがゴワゴワとたくさんいるものと、1〜2ひきの見張りのハチが残っているだけのものがある。ねらうのは、もちろん後者である。まず、姿勢を低くして手頃な位置まで近づく。そして、ハチの巣に土や小石をぶつける。長い竹や木の枝でつつくこともある。すると、見張りのハチは巣を守るために出撃するのである。しかし、じっとしていると、ハチは敵を見つけることができない。どうも動くものに対して、反応するようである。そのうちあきらめて再び戻ってくる。それを何回か繰り返していると、やがて仲間を呼びに行くのか、それとももっと広範囲を探索しているのか、巣から遠くまで飛んでいくことがある。そのとき、木の枝で巣をつつき落とし、素早く拾って逃げるのである。普通はハチの巣捕りは3人ぐらいで行う。一人が突撃隊となり、他は観察隊である。けんちゃんはとくに目がいいので、飛んでいるハチの位置をしっかり把握しており、適切な指示を出すので失敗はほとんどない。さらにけんちゃんは、ハチの巣捕りでは葉の付いた木の枝を必ず手にしていた。見張り蜂に見つかって攻撃を受けた場合でも、まずほとんどそれでみごとに叩き落とすのである。見張りが一匹の時などは、最初から隠れず、出撃して飛び立った瞬間(まだスピードが出ていない時)たたき落として踏みつぶしてしまうという離れ業までみせてくれる。わたしも、そのうち右手に小枝を持ち、そのテクニックをマスターしたのだった。
 私たちは他の子とも集団で遊ぶこともあったが、このハチとりのときだけは、要領の悪い子は絶対にさそわなかった。それは、確実にハチにやられるからである。すなわち、ハチの巣とりにさそわれるということは、男の子どもにとってとても名誉なことなのである。とはいっても、子どもなので慢心による失敗はたまにはある。
 とったハチの巣からは、幼虫やさなぎを引きずり出して食べる。その当時、子どものおやつはもっぱら自分で確保するのが当たり前だったので、ハチの子はその一つだったのである。けんちゃんは、生きたままかまずにのむのがいいと言っていたが、プチュッと口の中でつぶれる触感は当時はそれなりにおいしかったが、今は少々抵抗がある。私は、バターいためにして食べるのが好きだった。

 さて、アシナガバチの巣とりに余裕ができてくると、さらにレベルアップしたいと思うものである。それは、禁断のハチ、そうスズメバチである。軒下や崖などに大きな巣を作るスズメバチは、キイロスズメバチである。体もアシナガバチより一回り大きく、その飛翔力、毒針の攻撃力たるや、アシナガバチとは比較にならない強者である。さらに1〜2匹を残していなくなるといったこともなく、中が見えない巣にはいったいどれだけのスズメバチがいるのかもわからないので、防御の計画も立たないのである。しかし、アシナガバチについてはかなり自信を持っているだけに、困難なことながら挑戦したいと思うのである。しかし、けんちゃんは強く反対した。今思うと、けんちゃんは自然の申し子の様な子どもで、自然体験が多いだけに自然への畏敬の念強い。そのためか、予測できないことやただ自然を壊すことへは抵抗を感じるのであろう。
 私たちは、ある日、人のほとんどこない古いお宮の軒先に小さなスズメバチの巣を見つけた。その巣はまだ外壁が不完全で、中が見えており、通常、10匹くらいのハチのいる巣であった。逃げるための空間も十分ある。何とかけんちゃんを説き伏せて、このスズメバチの巣とりを実行することになった。近くに隠れて小石を投げる。そしてついに小石が巣を直撃した。そのとたん、数匹のハチが爆発したように全方向に出撃した。そのスピードの速いことと、私の方向にも一匹飛んできたことで、じっとしておられずに私は一目散に全力疾走で逃げた。しかし、20mほど逃げた時、後頭部に激痛が走った。ハチが刺したのであろう。すぐに振り払おうとした。アシナガバチなら簡単に振り払えるのだが、スズメバチはちがった。すごい力で頭にしがみついていて、なかなか引き離せない。後で知ったことだが、スズメバチは脚だけでなく、大顎でかみついて、数カ所に針をグサグサ突き刺して毒を注入するそうだ。このときは、私の左手に逃げた子も犠牲となった。なんとか、ハチを剥ぎ落として逃げた。しかしけんちゃんがいない。しばらくして、お宮にそおっと戻ってみた。するとハチの巣の近くのもといた縁側の下で固まっているではないか。僕たちが見えると、「ハチはとんどらへん?」と聞く。ハチはほとんど巣に戻っているようなので、「たぶん、おらへん。」と言うと、けんちゃんはそっとそこから出て、ハチの巣を見ながらゆっくりとこちらに逃げてきた。「ぜったいうごいたらいけんぜ。」と、必死で言うけんちゃんだったが、私たちは刺された頭の痛みでそれどころではなかった。すぐに帰って、お母さんに薬を塗ってもらったのだが、当然、巣をねらったなんて言わずに、「道を歩いていたら、急に襲われたんじゃけん。」と言い訳した。この日より私たちは、決してスズメバチの巣を捕ろうなんて言い出すことはなかったのである。
 ただ、その後一度だけスズメバチの巣に関わったことがある。家の近くの倉庫でガリガリと何かをひっかくような音がするので、近づくと夏みかん大の巣がぶら下がってたのだった。でもハチがいる様子はない。物陰に隠れて長い竹の先で巣をつついても何も出てこない。それで、竹の先で下部を壊してみた。でも、何も出てこない。近寄ってみると、ハチの巣が4段ほどあり、中ででかい幼虫が、巣を牙のような物でひっかいて音を立てていた。不気味な光景なのと、ハチが帰ってきたらいけないので、すぐに遠ざかったのだが、なぜ、ハチがいなかったかはいまだに謎である。

 危険動物といえば、ヘビも代表選手である。といっても、実際毒を持っていて危険だといえるのは、ハメ(まむし)とヤマカガシである。噂には聞いていたが、五十崎でハメに出くわしたことはほとんどない。一度、けんちゃんが木に登っていたヘビを、マムシかも知れないと言っていたことがあったが、今考えるとマムシが木に登るというのは考えられない。模様の似たヘビ(アオダイショウの子ども?)あったのだろうか。マムシは、口の前部に注射針のような中空の鋭い毒牙をもち、打ち付けるようにかみつくという、毒蛇である。でも、寸胴で動きは遅く、とぐろも巻いている時くらいしかまともな攻撃ができない。首から上は俊敏だが、毒牙以外は危険はないので頭を踏んづけて簡単に捕獲できる。ただし肌を露出しているとそこを攻撃するので要注意だ。
 マムシ以外のヘビを見つけると、私は素早くシッポをつかみ、ぐるぐる回す。これは、持っているシッポめがけてヘビが登ってくるからである。すると、女子や低学年が大騒ぎをするが、それで得意顔になってやっていたように思う。地面にたたきつけることもあったが、けんちゃんは、生き物をおもしろがって殺すことをとても嫌がっていて、私もそのうちそんなこともしなくなった。近年、普通にいるヤマカガシにも猛毒があることが分かり、かまれて死亡する例も報告された。私が回していたヘビの中にもヤマカガシがいたような気がして、ぞっとしたものである。