華津浦に向かう

 結局、そのバスに乗った客は2人だけだった。もう一人の日本人の客は、韓国の地理や歴史に興味があるらしく、このあたりまで敷設させた鉄道の跡に興味を持っていた。そういえば公安公園までの間、主に今の車道の山手側を鉄橋や敷設跡が時々見える。それを彼は熱心にチェックしている。わずかな畑や集落はあるが、人一人みえない保安公園までの間、海岸線の鉄条網とかつてあった生活の跡をぼんやりと眺めていた。彼の言うには、統一展望台へは、日本人もパスポート番号を記して書類を提出する必要があるそうで、私がノンチェックなのに驚いていた。全面撮影禁止地区であることもそうなのだが、あえて面倒を避けるためにファジーに対応できるということは、緊張もそれほどでないということか。なんせ、数年前から束草から金剛山への観光船が出るいくらいだから...。
 保安公園でその客も降りてしまった。何と運転手は、この不安げな日本人のために市外バス乗り場まで送ってくれるという。客も他にいないし、たいした距離でもないのだが、このようなほんの些細なサービスが旅の印象を大きく変える。3台ほどバスが止まっているバスターミナルの広場に滑り込んできたリムジンバスに、集まって語らっているバスの運転手も何事かとびっくりしている。運転手は、そこにたむろしているバスの運転手に「この人は日本から来てチョドまで行きたいそうななので、よろしく頼む(たぶん)」と言い放って、私を降ろしてくれた。ちなみにバス料金も取られなかった。行きに保安公園で買った青い切符は、往復券だったのか、どちらにしろ行きに渡してしまっているので手元にはない。行きと同じ運転手だったのか、それとも自家用車かこのバスしか乗り入れていないので、自動的に帰りの分も回収していたのか知らないが、どちらにせよありがたいことだ。
 しかし、バス停の運転手達はいぶかしげな表情で、進んで対応してくれそうもない。どちらにしろ終点なのだから、束草方向のバスしかない。とりあえず一番近い、客の乗っているバスに乗り込もうとした。「ソクチョカヨ?」と言うと「アンガヨ・・・」と言って中の客は、奥のバスを指さした。その束草方面行きのバスに乗って、ファジンをめざす。もちろん運転手のそばに座り、すぐ対応できるようにした。
チョドのバス停で、運転手に声をかけられて降りる。韓国の先払いのバス料金システムは、運転手が客の行き先を知っているという点では、旅行者にはいいものである。道は三叉路になっていて、小さな交番?があり、ここから華津浦まで車道が延びている。さて、ここから華津浦までどれくらいか...と、標識を探すと、なんと道上に海を背にしたウンソとジュンソの写真の大きな道路標識看板がある(左写真)ではないか。ロケ地「ファジンポ」まで1.7kmだ。歩いて約20分てとこか。これを見るまでこの地がロケ地かどうか不安だっただけに、足取りは軽くなる。どうもファジン浦は車で来る観光地らしい。降りたのも私一人だが、これ以後もこの道路で歩いている人は他にいなかった。
 やがて右手に沼のような華津浦湖が広がり、湖畔のドライブインのような所をぬける。ちょうどその頃、お腹の調子が悪くなりだした。唐辛子の日々が続きそろそろ私のお腹も腸内細菌のバランスが崩れだしてきたのだろうか。そういえば排便もちょっとチクチクする。おまけに空模様も不安で、ちょっと霧雨も降ってきだした。目の前に華津浦らしきものはまだ見えず、場合によっては最悪の状態になるかも知れない。
 だだ、華津浦湖のほとんど汚染のないきれいな水の沼が救いである。北海道の湖のように動物の気配の少ない静かな湖だ。このあたりは、冬は極寒冷地らしいので、ここは一面氷でおおわれ、スケートリンクにでもなるのかも知れない。

   2002' 8/24