万丈窟

 城山里のバス停で、バスの時間表をみようとしたとき、「アジョシ・・・」の声に振り向く。タクシーの運転手がこちらに向かって叫んでいる。どうも行き先を聞いているようなので、「マンジャングル」と言うと、4本の指を示して、「サーチョノン」と言う。金寺までバスで行って、そこからタクシー(2000w)の予定だったので、かなりお得な値段である。「サーチョノン?」と確認して迷わずタクシーに乗り込む。
 運転手は、どこから来たのかと詳しく聞いてくる。四国だというと、地図を出して「どの辺だ?」と聞く。地図を指さすと、「愛媛県?」と言う。近畿以東の日本人にも分からない人が多いのになかなか詳しい。
 車は、溶岩を単純に積み上げただけといった感じの石垣の続く畑の中のほとんど車の通らない道を時速90kmで突っ走る。信号も滅多にないし、広々とした火山台地にオルムが点在し、道路の横にはつながれもしない野良馬?が草をはんでいる。このような風景を司馬遼太郎は日本人の原風景と感じたのだろうか。
 やがて万丈窟の看板が見えてくる。近くに人家もなく、バス停がポツンと立っているだけだ。そこを南に左折して、山の方に向かう。道路沿いを歩く人が時々いる。バス停から万丈窟までの3kmの道を歩いている観光客なのだろう。車はやっと施設らしい建物のある駐車場についた。
 運転手の指示通りにまっすぐ行くと、切符売所があり、2000wを支払う。そして少し行くと左手にぽっかり大穴が空いており、そこへ下る手前で切符をもいでもらう。階段を下ると広い洞窟が奥までずっと続いている。この溶岩トンネルは低いところでも3m、高いところは10mもある巨大なもので、緑色でライトアップもされていてなかなか幻想的である。トンネルの下はほとんどまっ平らで歩きやすく、どんどん先へ進むが、同じような単純な風景なので、いい加減飽きてきた。引き返そうと思った頃、右手になにやら大層に柵で囲まれた岩が見えてきた。標示には「溶岩球」と書いてあるが、どう見ても球ではない。これが俗に言う「亀岩」で、溶岩流に流されてたまたまここにひっかかって残った岩の破片である。そういえば亀には似ている。
 この万丈窟は、玄武岩質の粘度の低い溶岩の通り道であり、同様な火山のハワイなどには普通にある溶岩窟である。ただ日本を除く東アジアでは火山自体が珍しいので、貴重な観光資源である。このあたりから、ライトは緑からオレンジのナトリウム灯に変わる。核心部分ということだろうが、特別まわりの情景は変わらない。やがて眼前にごろごろと溶岩の固まりが見え、その上に鉄板の歩道が作られている。その歩道を通ってしばらくするとやっと溶岩柱が眼前に見えてくる。そのあたりは足場が悪いが、この万丈窟のハイライトであり、思いっきりライトアップされている。要はこの洞窟の天井が崩れ、そこに長い年月の間に炭酸カルシウムを含んだ地下水が流れて石化し、そのままの形で残った物である。学術的にも美的にも決して優れた物ではないと思われるが、単調なこの洞窟のハイライトである。ここには柵があり、入口から1kmの溶岩窟の旅も終わりである。2人の女の子が商売をしているのか何か叫んでいるが、よくわからない。みんなはここまで来て記念撮影をして引き返す。ここでは溶岩柱の説明のテープが流れており、私はマッコルリをやりながらパームでそれを録音してみる。据えつけてある温度計を見ると摂氏8度で湿度87%を指している。このあたりにはこのような溶岩窟がいくつもあるというが、貯蔵や熟成に使えばもっとありがたい資源になることであろう。
 復路は、来た道を帰るだけだが、各所にあるテープの説明を録音する。しかしこれが後々の問題となった。録音が電力を酷使したため、パームはバックライトを停止し、故障かと思った私は、何度も電源を入れ直してみた。しかし、バックライトは以前つかず、やがて電源も入らなくなってしまったのだ。ここまでの紀行文は苦労してパームに打って記録しているので心配だったが、充電すれば戻るだろうと安易に考えていた。しかし、データは二度と戻ることはなかったのである。
 洞窟から出たのは、もう午後3時前で、朝からちゃんとした食事もとっていないので、遅い昼食をとることにした。駐車場前の食堂を見てみると、メニューの写真がずらりと載っている。どうも高そうでもないので、食堂に入って一応メニューで確認してヘムルタンを注文する。ミッパンチャンをふくめて手頃な量である。食堂の前には、例によって水くみ女とトルハルバンがあるが、亀岩と溶岩柱のオブジェがある。
 食事を終えると、とりあえず済州に戻ることにする。バス停まではタクシーしかないので、駐車場に止まっているタクシーに乗る。タクシーの運転手は、「どうせ済州まで行くのなら、安くするからこのタクシーで行かないか」と言う。金額を聞くと、2万wを1万5千wにまけるというのである。どう考えても高いので結構だというと、あきらめて出発した。しかし運転手は、無線で事務所と連絡を取り、いきなり事務所の人と話せと言う。何だろうと聞くと、「バスでいっても1万wするからタクシーでどうか?」と日本語で話す。ソウルまで行くわけじゃなし、バスが1万wもするわけないじゃないか。距離で言えばほとんど城山里と同じなので、安くするのならせいぜい5千wだろうが...。明らかな嘘なので、きっぱり断ったが、こんなのに引っかかる日本人がいることは明らかだ。日本なら5万wとられても文句は言えない距離だからだ。
 ほどなくタクシーは、国道沿いのバス停に着く。2000wくらいを支払いバスを待つ。たぶん30分くらいは待つのだろうと気楽に構え、周りに何もないので、荷物を整理しながらマッコルリを飲んでいるといきなりバスが来た。ほとんど一本道だから間違いはないのだが、「チェジュカヨ?」と一応確認して乗り込む。今回は席も空いていなかったので、一番後ろの席である。ちょっと心配だったが、まあとんでもないところにはいくことはないであろう。

  H14.12.29-2